●4割の人が子供に体罰を与えることを容認する日本

厚生労働省が民間業者に委託し、「体罰等によらない子育ての推進に向けた実態把握に関する調査」を行い結果を発表しました。調査期間は2020年11月25日~12月1日とのこと。報道機関等から概要が発表されています。(21年5月)

「子供に体罰を与えることは、場合によっては必要だと思うか」という問いに対して、
「非常にそう思う」「そう思う」「ややそう思う」と回答した15~79歳の男女は40.2%。養育者のうち、子供に体罰を与えることを容認する人は41.7%だった。とのことです。

●子供への体罰、養育者の3割超…法改正の認知は2割(ロゼマム)

https://news.yahoo.co.jp/articles/3efd24c235141526433215501f521c3067a3acdb

●子どもに「体罰」、親の3割超 法で禁止も浸透不足、厚労省調査(共同通信)

https://news.yahoo.co.jp/articles/2c61010fa4682ff0ee8b57a7eb7295579fd1a18e

この調査結果は、2021年3月に発表されたセーブザチルドレンの調査とほぼ同じ結果です。


2019年に児童福祉法等改正法が成立しました。親権者等は、児童のしつけに際して、体罰を加えてはならないことが法制化され施行されています。簡単に言うと親は子供に体罰をしてはいけないと法律で明確に決まったわけです。法律施行後の社会や親への浸透度を確認するための調査ということになります。

どんなケースが体罰にあたるかはこちらのパンフレット


●親子間の愛があれば体罰は許されるのか。愛という言葉を持ち出して体罰を正当化しているだけかも

この調査結果に対して、ネット上には様々なコメントが出ておりました。
強い体罰を肯定するような意見は見当たりませんでしたが、しつけのための体罰はよいという意見は多数見られました。

体罰を容認する意見の中で、親子間に「愛」があれば軽微な体罰は許されるのではないかという意見がありました。

「愛のムチ」と言う言葉があるように、親子間の体罰に限らず、先生と生徒、スポーツ等の指導者と生徒といった関係の中に親子愛、師弟愛といった信頼関係があれば多少の体罰は許される。という意見が従来からあります。

しかし、愛という言葉を口にする習慣がほとんどない日本でこういう時だけ突然、愛という言葉が出てくるのは違和感があります。
愛という言葉を持ち出して、体罰を正当化しているだけのように思えます。

日本で、一日一回でも「愛している」という言葉を言う人はどれ位いるでしょうか。恋愛中の男女とか結婚したばかりの夫婦であれば、言う時期もあるかもしれません。しかしそういった時期以外に、普段から自然に言っている人はあまり多くはないでしょう。

愛があれば体罰は許されると言っている人のうち、自分の子供に対して「愛している」とか「大好きだよ」とか、いつも言っている人はどの位いるでしょうか。子供にいつも「愛しているよ」とか「大好きだよ」と言っていれば体罰をしようという気持ちにはならないと思うのです。

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●先生やスポーツの指導者の体罰は論理的に正当化できる理由は無い!

親子の関係でも愛という言葉を使って体罰を正当化するのは無理があります。ましてや親子でもない赤の他人である学校の先生やスポーツや部活の指導者が「師弟愛」等の「愛」といった言葉を持ち出して「体罰」を正当化するのは全くナンセンスです。体罰をした指導者で親子同然の関係だったと言う人もいますが、まったくもって勝手な錯覚の場合が多いでしょうし、体罰を正当化する理由にはなりません。

●感情にまかせて体罰を加えた後、我に返ってなだめに来た中学時代の気持ち悪い男性教師

私の子供の頃は、学校では体罰をする教師はありふれていました。今思い出しても本当に気持ちの悪い音楽の男性教師が一人いました。いきさつは正確には覚えていませんが叩かれたことは今でも覚えている出来事があります。中学校の時です。休み時間にみんな騒いで遊んでいました。おそらく授業が始まる時間になっていたのかもしれませんが騒ぎ続けている間に、その男性教師が教室に入ってきて何か言った。そしてそれに誰かが口ごたえしたのでしょう。

そこにいる~人こっちに来い。といって私も含めて何人かが音楽室の準備室のようなところにつれていかれました。そこで、その教師と生徒で口頭でのやり取りが何かあったのだと思いますが、その教師は烈火のように怒りだし「口ごたえするなー」みたいな感じで感情にまかせて生徒の頬を叩きました。1回や2回では気が済まなかったらしく、何度も叩きました。私も叩かれました。生徒の方は全く手を出していませんので、一方的にその教師に叩かれました。

そして、その後がその教師はとても気持ちが悪かったのです。
叩くだけ叩いたあと、はたと我に返ったらしく、急に態度が変わって「みんな本当にいい子なんだよー」とか言いながら、なだめに近づいてきたのです。きっと我に返った後で、自分のやった暴力行為を正当化したいという気持ちが働いたのでしょう。その教師の心の中では「俺はこの生徒たちを愛している。この子たちの教育のためにやったんだ。教育者として正しいことをしたのだ」という自己正当化する心理が働いていたのではないでしょぅか。

大人になった現在思うのは、そこで叩かれた事がその後の人生で何かの役に立ったということは全くなかったことです。
気持ち悪い男性教師に理不尽に叩かれたという記憶が残っているので、その人のようになってはいけないという反面教師にはなっています。しかし、その教師は自分が反面教師になるつもりではなかったでしょうから、その人が意図していた教育効果は出ていないのです。

●教師やスポーツや部活の指導者の体罰は相手のためと思い込んでも実は自分のためにやっているのでは

このような例をあげるまでもなく、愛があれば多少の体罰は仕方ないというのは、やはり愛という言葉を持ち出して体罰を自己正当化しているという心理が働いている。
親子関係でもない、教師やスポーツや部活等の指導者が体罰をする時は、「体罰をされる相手のために私は体罰をしている」と思っているかもしれません。そのように自己正当化しないと赤の他人に平然と暴力を振るうことはできないでしょう。また、相手のためと思っているだけで、実は自分のためにやっているというケースも多いはず。「この人が優勝すれば俺の株が上がる」とか

●親子間であれば体罰の代わりに子供にいつも「愛している」「大好きだよ」と言おう

愛という言葉を使って体罰を自己正当化するのはやはり無理があります。やはり体罰はダメなのです。
体罰はダメなのですが、その関係に愛があるのであれば、そのかわり堂々と「愛している」とか「大好きだ」と言えばよいのです。親子であればすぐにそれはことできるでしょう。

●教師や指導者は生徒にあなたのことを信頼しているという気持ちをどんどん伝えるほうがよいのでは

教師や指導者と生徒の関係で(恋愛ということではない)人間同士の愛というのは存在してしかるべきものです。親子関係と違って「愛してる」とか「大好きだ」とかやたらと言っていたらセクハラ・パワハラになってしまいます。その代わりに、あなたは、すごい人だとか、あなたのことを信頼しているという気持ちは、(どんな言葉を使うかは自分で考えて)どんどん伝えていったらよいのではないでしょうか。その方が体罰で気持ちを伝えているつもりなのよりずっとよいのではないでしょうか。

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