学校の9月新学期への変更の議論が盛り上がってきました。
県知事や政党からの提案もあり国政レベルでも選択肢の一つとして検討を始めています。

私は9月新学期について賛成しています
その理由については、こちらのブログ記事です。
よろしければご覧ください。

こちらの記事です。 (クリックはこちら)


9月新学期についての知事の賛成意見

ネットに上がっている9月新学期への変更に賛成している知事の意見は集約すると次のようなことです。

①新型コロナウイルスの影響で休校せざるおえない状況が続いていて
いつ学校再開できるかわからない。このままでは授業できないまま過ぎてゆく。

②休校した県や地域と、休校しなかった地域で学力の差が生ずる。
日本の中で場所によって大きな教育格差が発生するのはまずいでしょ。

③多くの地域で、少なくても8月ごろまでは学校再開できそうもないので、
世界の主流は9月新学期だから、この際、日本もそれに合わせて9月新学期で
仕切り直してスタートしよう。

9月新学期についての知事の反対意見

反対している知事のネットに上がっている意見はこんなところだ

①我が県は、学校再開できそうだから、そこまでしなくてもよいと思う。

②ただでさえ行政で対応することが多いのに、9月新学期の変更をやっている余裕はないし
優先順位も低い

③9月新学期に変更したら社会に影響が大きい。やるとしても今じゃないでしょう。

賛成している知事の意見も、反対している知事の意見ももっともだ。
両方の意見はもっともなのですが、私は9月新学期への変更に賛成します。
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小中学校での子供が教育を受ける権利を守る戦略目的のために
どんな戦略目標を立てるべきか


今回の休校の長期化の場合の戦略の目的は、いかに
「小中学校の義務教育での子供が教育を受ける権利」を守るかということになります

その場合「9月新学期に変更する」を戦略目標にしたほうが、
戦略の目的を達成しやすいと思います

なお、ここでの話は義務教育に限定します。なぜかというと、
国家としてより強く、教育を受ける権利を守る必要があるからです。
高校、大学については義務教育のスケジュールが変更になれば
必然的にそれに合わせることになるでしょう。

現在は新型コロナウイルスとの戦争状態。
旧日本軍の失敗から学ぶことができること


日本人の中に「戦争」という言葉にアレルギーがありますから、
日本の知事や政治家は戦争という言葉使いたがりませんが、
現在はたとえるなら、「新型コロナウイルスとの戦争」状態です。

新型コロナウイルスとの戦争の中で、日本の義務教育は「休校」という形で
ずるずると負け続けています。さらに休校が延長するだけであれば、
公教育はなすすべもく負け続けるということです。

戦略無く、ずるずると休校を続けて負け続ける状態は
第二次世界大戦の日本軍の失敗を彷彿とさせます。


第二次世界大戦の日本軍の失敗に関しては、こちらの本にまとめられています。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
野中 郁次郎
中央公論新社
1991-08-01


新型コロナウイルス休校は国家や文部科学省の戦略がないまま続いている

今回の新型コロナウイルス休校に関して、
小中学校での教育をどうやって確保するかの
国家や文部省からの戦略は示されていません

新型コロナウイルスの感染拡大のため、ひとまず休校を実施したのはやむを得ないとしても
その後、どうやって子供の学びを確保するかの戦略目標は示されていません。

学校や各家庭で考えてやってね。
と「丸投げ」になったままと言っても過言ではないでしょう


旧日本軍は、多くの場合、戦略目的と目標があいまいでした。
簡単に言ったら目的と戦略目標があいまいだったので、
各作戦が何したいのか、どう動くかがはっきりしなかったわけです。

戦略目標が無いから、学校、子供、家庭に丸投げになっている
このままでは戦力の逐次投入のように疲弊・消耗してしまう


ここからは、戦略論自体が元々戦争から発展してきているので
あくまでもたとえとしてご理解いただきたいのですが、

現在、学校や教師は南の島にばらばら送り込まれた兵隊さん
のようになっているのではないでしょうか。
特に国家から戦略目標もなく、武器も、弾薬や食料の補給も少ない状態で、
手持ちの少ない武器を使ってそれぞれ工夫して戦いなさいという
ことになっていないでしょうか。
丸投げ、ほったらかしになってモバイルなどの武器もないし動きが取れないわけです。

子供と子供の保護者は、いつ終わるともわかない戦争の終結(学校再開)
を待っているような状態になっています。

成り行きでだらだらと休校を延期するのは
戦力の逐次投入のようなもので
学校や教師、子供も保護者も疲弊して
消耗していまうのは目に見えています。
現在は、いったん退却して再度、戦力を整えて戦略目標を作る時なのです。

国家として小中義務教育をどうするかの戦略目標が必要
それが9月新学期


現在のままだと、ずるずると休校を続けて
その場しのぎの対策を続けていても消耗がひどくなるだけです。
休校が長期化する地域と再開する地域の教育の差をどう考えるかの基準もありません。

学校、先生、子供、保護者、社会、官僚が
共通に向かっていける戦略目標が必要なのです。


「9月新学期」「9月入学」はその戦略目標にふさわしいのです。

もちろん、9月にも新型コロナウイルスの影響が残っている可能性は濃厚ですから、
9月新学期になっても実際に学校での授業が再開できないかもしれません。
でも戦略目標と日程を設定することで、
学校再開やオンライン等の代替え手段準備に向かって
関係者が行動することができるのです。

9月新学期という戦略目標を作ることでこんなことができます

・子供が学ぶべきカリキュラムの優先順位を明確にする。
・オンライン授業に向けた準備(モバイル機器の調達や貸し出し。内容決定、練習)
・法律の制定や改正
・小中学校以外の関連団体との調整
・子供や父兄もスタート日か明確になればそれに向けてスゲシュールの調整が可能となる
(いずれもコロナウイルスの影響が残っている事を想定する必要がある)

現在は戦略目標がないのでどれもできていません。

もちろん、最初は混乱するでしょうが、何もしなければ打つ手なくそのままずるずる休校を
続けることになるかも。そうすると混乱は無いが、教育現場でなにもなかった
1年が過ぎることになるかもしれません。
そのまま進級するとすれば、大きな教育格差が生まれたり、知識の抜け漏れがある世代に
なるかもしれず、長い目でみて問題が生ずるのでしょう。
戦略目標が無いと、関係者が、責任回避の場当たり的な行動に終始しても
不思議ではありません。

戦略目標を設定することが大切なので実は9月以外でもよい

戦略目標と日程が設定できればよいわけなので
新学期は10月でも11月でもよいわけですが、
世界の主流が9月新学期なので、この際なのでそれに合わせておこうということです。

戦略目標を設定することが大切なので
世界のスケジュールの9月に合わせるというのは
実は「おまけ」「いつで」のようなものなのです


ですから9月でなく、1年間全員留年(希望する人は留年せずに、進級、卒業)して
翌年4月に体制を整えて再スタートという方法もあると思います。
これも検討の余地はあると思います。

5月頭には決断の必要がある。時間切れにならないように
速く大胆な政治決断が必要


現在はコロナウイルスとの戦争の最中と同じです。
戦争の際に戦略目標を設定するのは、その国のリーダーの役割です。
現在の日本であれば、政府と国会ということになります。
この後、どうするかはまさしく政府と国会にかかっているわけです

作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏によれば、9月新学期にしようとすれば
6月や7月では制度設計間に合わない。これでも厳しいが5月頭には決断する
必要があるとのことで、早くなおかつ大胆に進める必要があると述べられています。

5月を過ぎてしまったら、時間切れで9月新学期を議論することすら無意味になって
しまいますので、決断は急ぐ必要があるでしょう。

これを過ぎてしまったら、そのままずるずると休校して時間が過ぎて
場当たり的に対応するいくということになるかもしれまん。
その場合、学校再開できた地域や親が教育をした生徒と、教育を受けれなかった生徒との
学力差が今までにないくらい相当発生してしまうのでしょう。
もしそれが問題だと思うなら、何らかの方法で意思表示が必要でしょう。

9月新学期に反対の意見も理解できるのですが、その根拠も大切なのですが
そこにきっちりと戦略目標があるのかはしっかり確認しておく必要があるでしょう。

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